信越本線(旧線) めがね橋(国指定重要文化財)

竣工が明治25年12月(1892年)です。

 
群馬県の国道18号(旧道)沿いにある有名な通称「めがね橋」、正しくは「碓氷第三橋梁」。

 
国道から橋まで遊歩道があります、煉瓦積みの橋脚は圧巻、右は遊歩道を歩いて橋の裏側。

 
遊歩道から橋に上がれます、橋の上は横川駅まで続く「アプトの道」という遊歩道になっています。

信越本線(旧線)は明治26年に開通して、新線に替わる昭和38年まで列車が走っていました。
急勾配のためアプト式を採用し峠を越えていました。
(アプト式とは、レールの間に歯形レール(ラック)を設置し、機関車の車軸に取り付けた
歯車と噛み合わせながら走らせる方法。)

ちなみに、明治45年5月11日に横川-軽井沢間は電化されました。(日本初の電化区間)

昭和38年9月30日 アブト式は廃止

 
橋の上からは信越本線(新線)の橋が見えます。
新幹線開業にともない1997年9月30日に信越本線の
横川−軽井沢間(駅間11.2km・最大標高差555m)は廃止となりました。

昭和38年7月15日 新線(上り線)営業開始(旧線と併用・それぞれ単線運転)
昭和38年9月30日 すべての列車が粘着運転となる
昭和41年7月2日 複線運転開始(下り線開通)

(粘着運転とは・・・金属のレールと金属の車輪との摩擦により走る方法、一般的に電車は
この方法により運転されています。 粘着というと、べたべくっつくイメージですが、車のタイヤと
道路路面の組み合わせと同じ考え方をレールと車輪に適用したものです。(わかりにくくてスミマセン))

 
(左)横川方面のトンネル、「アプトの道」がめがね橋から横川駅まで続いています
(右)軽井沢方面のトンネルは、入れないようになっています。

 
(左)国道から橋を望む (右)国道沿いには駐車スペースがあり10台くらい止められます。

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碓 氷峠の鉄道文化財

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碓 井線概史

信 越本線・碓氷峠鉄道施設

おなじみ「おぎのや」の峠の釜飯

碓 氷峠のEF63

碓 氷峠

旧 信 越本線


 
旧熊ノ平駅 入り口のトンネル(立ち入り禁止です)

熊ノ平駅




碓氷峠紀行 その2 (冬期編)




廃線リンク

--- The Ruins of Rail --- 廃線跡を旅する
↑このサイトの管理者の方は2005年4月25日
JR西日本福知山線脱線事故の被害に遭われました。
幸いにも一命を取り留めましたが、そのときの手記が掲載されています。

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廃線リンク2

以下は私の実家の近くの廃線です。(東京都八王子市)
実は中学時代から、ここは廃線跡ではないか?と思っていたところですが、まさにその通りでした。

京 王電気鉄道御陵線跡
甲州街道を走り京王電車といわれた 頃
御 陵線
京王御陵線の跡をたどる
八王 子市「御陵線」跡
京王御陵 線

廃線かどうかは微妙ですが、以前中央線の線路脇に
東浅川駅(現在の高尾と西八王子の間)がありました。
東浅川駅
平成2年10月に過激派により爆破されてしまいました。
その当時は皇室施設ではなく、地域の公民館でした。

私は夜中にそのときの爆破音(2発)を聞きました、各サイトには放火により消失と
ありますが爆破による火災により焼失したものです。


  中央本線(旧線) 立場川橋梁






  2006.11.19 新規

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